経理業務に時間がかかりすぎる、月次決算が遅れがち、経理担当者の採用が難しい。こうした課題を抱える経営者の方にとって、経理DXは単なる流行語ではなく、企業の競争力を左右する重要な経営戦略です。
経理DXとは、デジタル技術を活用して経理業務を変革し、効率化と正確性を同時に実現することを指します。単にシステムを導入するだけでなく、業務フロー全体を見直し、経理データを経営に活かす仕組みを作ることが本質です。税理士として数多くの企業の経理DX化を支援してきた経験から、実践方法と成功のポイントを詳しく解説します。
経理DXとは何か?なぜ今必要なのか
経理DXを正しく理解するには、単なるデジタル化との違いを明確にする必要があります。
経理DXの定義とデジタル化との違い
経理DXのDXは「デジタルトランスフォーメーション」の略で、デジタル技術による業務変革を意味します。単なるデジタル化が「紙をデータに置き換える」ことだとすれば、DXは「デジタル技術で業務プロセスそのものを変え、新たな価値を生み出す」ことです。
例えば、紙の領収書をPDFにスキャンするのはデジタル化ですが、スマートフォンで領収書を撮影するだけでAIが自動で金額や日付を読み取り、経費精算データを作成し、承認ワークフローも電子化して経理担当者の作業時間を半減させるのが経理DXです。
税理士の視点から見ると、経理DXは経営者がリアルタイムで経営数字を把握し、データに基づいた迅速な意思決定ができる環境を作ることに最大の価値があります。従来は月末から2週間後に分かっていた損益が、翌日には把握できるようになります。
経理DXが求められる3つの背景
経理DXが急速に広がっている背景には、明確な理由があります。
第一に、経理人材の不足です。中小企業庁の調査によると、約65%の中小企業が人材確保に課題を抱えています。特に経理担当者の採用は困難で、限られた人員で業務を回すには、自動化とデジタル化が不可欠です。
第二に、法制度の変化です。2022年1月施行の改正電子帳簿保存法により、電子取引のデータ保存が義務化されました。2023年10月からはインボイス制度も始まり、適格請求書の管理が複雑化しています。これらの法改正に対応するには、デジタルシステムの活用が現実的な選択肢となります。
第三に、経営スピードの向上です。市場環境や顧客ニーズの変化が加速する中、月次決算に1か月以上かかっている状態では、タイムリーな経営判断ができません。経理DXにより、経営数字を即座に把握できる体制が求められています。
税理士として顧問先を見ていると、経理DXに取り組んだ企業とそうでない企業で、意思決定のスピードに明確な差が生まれていることを実感しています。
経理DXで実現できること
経理DXを推進することで、企業は以下のような変革を実現できます。
経理業務の自動化により、転記作業や照合作業といった単純作業が大幅に削減されます。ある製造業の企業では、クラウド会計システムの導入により、月次決算にかかる時間が15日から5日に短縮されました。
リアルタイムでの経営数字の把握が可能になります。従来は月末締めで数字が確定するまで待つ必要がありましたが、経理DXにより、売上や経費の状況を日次で確認できるようになります。
経理担当者の業務負担が軽減され、より付加価値の高い業務に時間を使えるようになります。記帳作業から解放されることで、経費分析や予算管理といった戦略的な業務に注力できます。
テレワークへの対応も容易になります。クラウドシステムであれば、インターネット環境があればどこからでもアクセスでき、経理業務のために出社する必要がなくなります。
経理DXの具体的な導入内容
経理DXは抽象的な概念ではなく、具体的なツールと手法の組み合わせです。
クラウド会計システムの活用
経理DXの中核となるのが、クラウド会計システムの導入です。従来のインストール型ソフトと異なり、クラウドシステムはインターネット経由で利用するため、場所を選ばず、常に最新の状態で使用できます。
クラウド会計システムの主な機能として、銀行口座やクレジットカードとの自動連携があります。取引データが自動で取り込まれ、AIが過去のパターンを学習して勘定科目を提案します。これにより、手入力の手間とミスが劇的に減少します。
税理士として顧問先に推奨している主要なクラウド会計システムには、弥生会計オンライン、freee、マネーフォワードクラウド会計などがあります。それぞれ特徴が異なるため、企業の規模や業種、既存システムとの連携を考慮して選定する必要があります。
初心者がつまずきやすいのは、システム導入時の初期設定です。勘定科目の体系、開始残高の入力、税区分の設定などを誤ると、後々の修正に膨大な時間がかかります。税理士のサポートを受けながら導入することで、こうした失敗を防げます。
年商3億円の卸売業では、クラウド会計システム導入後、銀行口座との自動連携により、入金消込作業が月20時間から2時間に削減されました。経理担当者は浮いた時間を、取引先別の売上分析に充てられるようになったのです。
電子帳簿保存法への対応
2024年1月から、電子取引のデータ保存が本格的に義務化されました。メールで受け取った請求書PDFや、ECサイトからダウンロードした領収書データは、電子データのまま保存する必要があります。
電子帳簿保存法への対応は、単なる法令遵守ではなく、経理DXの重要な要素です。適切なシステムを導入することで、請求書や領収書の検索性が向上し、税務調査時の証憑提示もスムーズになります。
具体的には、電子帳簿保存法に対応したクラウドストレージサービスや、請求書受領サービスの導入が有効です。これらのサービスは、タイムスタンプ機能や検索機能を備えており、法的要件を満たしながら業務効率化も実現できます。
税理士として企業をサポートする中で、この法改正への対応が遅れている企業が多いことを実感しています。対応が不十分な場合、青色申告の承認取り消しなどのペナルティリスクがあるため、早急な対応が必要です。
ある小売業では、電子帳簿保存法対応システムを導入したことで、請求書の検索時間が1件あたり5分から10秒に短縮されました。年間で約100時間の削減効果があったのです。
請求書・経費精算の電子化
請求書発行と経費精算のデジタル化も、経理DX化の重要な要素です。
請求書発行システムを導入することで、請求書の作成、送付、入金管理が自動化されます。取引先情報や商品情報を登録しておけば、数クリックで請求書が作成でき、PDFで送付またはメール送信できます。入金があると自動で消込まれ、未入金の請求書はアラートで通知されます。
経費精算システムでは、従業員がスマートフォンで領収書を撮影すると、OCR技術により金額や日付が自動で読み取られ、経費精算データが作成されます。承認者はスマートフォンから承認でき、承認後は自動で会計システムに仕訳が連携されます。
ある製造業の企業では、経費精算システムの導入により、経費精算にかかる時間が従業員1人あたり月30分から5分に短縮されました。50名の会社で月間約20時間の削減効果があり、経理担当者の負担も大幅に軽減されました。
インボイス制度への対応も、これらのシステムで自動化できます。適格請求書の要件を満たした請求書フォーマットが自動生成され、登録番号の記載漏れを防げます。
AIとRPAによる自動化
経理DXの次のステップとして、AI(人工知能)とRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用があります。
AIは、過去の仕訳データを学習して勘定科目を自動提案したり、請求書の金額や日付を自動で読み取ったりする機能を持ちます。学習を重ねるほど精度が向上するため、使い込むほど業務効率が上がります。
RPAは、定型的な作業を自動化するソフトウェアロボットです。例えば、複数のシステムから売上データをダウンロードして集計し、会計システムに転記する作業を、人間の代わりにRPAが実行します。
ある卸売業の企業では、RPA導入により、月末の売上集計作業が8時間から30分に短縮されました。担当者は単純作業から解放され、売上分析など付加価値の高い仕事に時間を使えるようになったのです。
税理士の視点から見ると、AIによる仕訳提案の精度は年々向上しており、定型的な取引については人間のチェックがほぼ不要なレベルに達しています。ただし、特殊な取引や期末調整については、依然として人間の判断が必要です。
経理DX導入のメリット
経理DXがもたらす具体的なメリットを、税理士として関与した事例を交えて解説します。
業務時間の大幅削減
経理DXの最も分かりやすいメリットは、業務時間の削減です。手作業での入力や照合作業が自動化されることで、経理担当者の作業負担が大幅に軽減されます。
ある年商5億円の小売業では、クラウド会計システムとPOSシステムの連携により、日次の売上入力作業が完全に自動化されました。従来は2名の担当者が毎日2時間かけていた作業がゼロになり、年間で約1,000時間の削減効果がありました。
この削減された時間を、経費分析や予算管理といった戦略的な業務に振り向けることで、経理部門の役割が「記録」から「分析」へと進化します。経営者への報告資料の質も向上し、意思決定のスピードアップにつながります。
税理士として月次監査を行う際も、データがリアルタイムで更新されているため、監査にかかる時間が短縮され、より深い経営アドバイスに時間を使えるようになります。
ヒューマンエラーの防止
手作業による転記ミスや計算ミスは、どれほど注意しても完全には防げません。経理DXによる自動化は、こうしたヒューマンエラーを根本から排除します。
税理士として月次監査を行う中で、手入力が多い企業ほど仕訳ミスが多いことを実感しています。特に、桁違いのミスや勘定科目の選択ミスは、決算に大きな影響を与える可能性があります。
ある企業では、銀行口座との自動連携により、入金消込のミスがゼロになりました。従来は月に平均3件から5件の消込ミスがあり、その確認と修正に時間を取られていましたが、自動化により完全に解消されたのです。
また、AIによる勘定科目の自動提案により、科目選択のミスも減少します。過去のパターンを学習したAIが、類似取引と同じ科目を提案するため、経理担当者の判断ミスが防げます。
リアルタイムな経営数字の把握
従来の経理処理では、月次決算が確定するまで正確な損益が分かりませんでした。経理DXにより、売上や経費の状況をリアルタイムで把握できるようになります。
クラウド会計システムのダッシュボード機能を使えば、経営者はスマートフォンやタブレットから、いつでもどこでも経営数字を確認できます。売上の推移、主要経費の状況、資金繰りの見通しなどが視覚的に表示されるため、直感的な理解が可能です。
ある飲食チェーンでは、店舗別の損益をリアルタイムで把握できる仕組みを構築しました。不採算店舗を早期に発見し、メニュー改善や人員配置の見直しを迅速に実施できるようになり、全体の収益性が向上しました。
税理士として関与する企業でも、月次決算の早期化により、経営課題への対応スピードが格段に上がったケースが多数あります。問題が小さいうちに対処できるため、経営への影響を最小限に抑えられます。
テレワーク対応の実現
クラウドシステムの導入により、経理業務のテレワーク化が可能になります。インターネット環境があれば、自宅からでも会計データにアクセスし、承認作業や仕訳入力ができます。
コロナ禍を経て、働き方の柔軟性は採用や定着率に直結する重要な要素となっています。経理担当者の採用難に悩む企業にとって、テレワーク対応は競争力の源泉です。
また、電子承認ワークフローの導入により、経費精算や請求書承認のために出社する必要がなくなります。ある企業では、経営者が出張中でもスマートフォンから承認処理ができるようになり、業務のスピードが大幅に向上しました。
税理士事務所とのデータ共有もスムーズになります。クラウドシステムであれば、顧問税理士がリアルタイムで会計データを確認できるため、月次監査のために資料を郵送したりメールで送付したりする手間が不要です。
経理DX導入時の注意点
経理DXには多くのメリットがありますが、導入を成功させるには注意すべきポイントがあります。
システム選定での失敗パターン
会計システムの選定で最も多い失敗は、機能の過不足です。高機能すぎるシステムを導入すると、使いこなせずに結局一部の機能しか使わない、という事態に陥ります。逆に、シンプルすぎるシステムでは、事業の成長に対応できなくなります。
税理士として企業のシステム選定をサポートする中で、以下の基準を推奨しています。現在の事業規模だけでなく、3年から5年後の成長を見据えて選ぶこと、既存の販売管理システムや給与システムと連携できるか確認すること、顧問税理士が使い慣れたシステムを優先することなどです。
無料トライアル期間を活用し、実際の業務フローで使えるかテストすることも重要です。デモ画面で見るのと、実務で使うのでは印象が大きく異なることがあります。
初心者がつまずきやすいのは、機能の多さに惹かれて複雑なシステムを選んでしまうことです。まずはシンプルで使いやすいシステムから始め、必要に応じて機能を追加していく方が、定着率が高まります。
初期コストと運用コストの見極め
経理DXには投資が必要です。システム導入費用、初期設定費用、従業員研修費用などの初期コストに加え、月額利用料、保守費用などの運用コストが継続的に発生します。
ただし、これらのコストを業務時間の削減効果と比較すると、多くの場合で十分に回収可能です。ある年商3億円の企業では、月額5万円のクラウド会計システム導入により、経理担当者の残業時間が月20時間削減されました。人件費換算で月約6万円の削減効果があり、投資回収期間は1年未満でした。
税理士としては、システム導入による費用対効果を事前に試算し、経営判断の材料を提供することも重要な役割と考えています。単に機能の良し悪しだけでなく、投資回収期間や長期的なコストメリットを数字で示すことが大切です。
また、補助金の活用も検討すべきです。IT導入補助金などを活用することで、初期費用の負担を軽減できます。
従業員の抵抗への対処法
経理DXを進める上で、しばしば壁となるのが、従業員の変化への抵抗です。特に、長年同じ方法で業務を行ってきたベテラン社員ほど、新しいシステムへの移行に消極的になる傾向があります。
この問題への対処として、まず変化の目的を明確に伝えることが重要です。「業務効率化により残業を減らす」「単純作業を減らして分析業務に時間を使えるようにする」といった、従業員にとってのメリットを具体的に説明します。
段階的な導入も効果的です。いきなり全ての業務をデジタル化するのではなく、まず経費精算から始める、次に請求書処理を電子化する、といったステップを踏むことで、従業員の不安を軽減できます。
十分な研修期間を設けることも欠かせません。JNEXTグループでは、顧問先のシステム導入時に、経理担当者向けの操作研修を実施し、スムーズな移行をサポートしています。
実際に、ある企業では、経理担当者が「新しいシステムは難しそう」と抵抗していましたが、丁寧な研修とサポートにより、3か月後には「前のやり方には戻れない」と評価が変わりました。
データ移行時のリスク
既存システムから新システムへのデータ移行は、経理DX化で最も慎重を要する作業です。
過去の取引データ、取引先マスタ、勘定科目体系などを正確に移行する必要があります。移行ミスがあると、過去データとの比較ができなくなったり、取引先への請求に影響が出たりします。
税理士として推奨しているのは、移行前に十分なテストを行うことです。一部のデータで試験移行を行い、正しく移行されているか確認してから、本番移行を実施します。
また、移行のタイミングも重要です。期首のタイミングで移行すれば、期中のデータが混在せず、管理がシンプルになります。決算期末や繁忙期は避けるべきです。
ある企業では、データ移行を自社で行おうとして失敗し、過去データの一部が消失してしまいました。専門家のサポートを受けることで、こうしたリスクを回避できます。
税理士に相談すべき5つのケース
経理DXを成功させるには、税理士の専門知識とサポートが有効です。以下のような場面では、早めに税理士に相談することをお勧めします。
システム選定の段階で相談することで、自社の業種や規模に最適なシステムを選べます。税理士は多数の企業を支援した経験から、各システムの特徴や得意分野を熟知しています。また、税理士事務所側でデータ共有しやすいシステムを選ぶことで、月次監査や決算業務がスムーズになります。
電子帳簿保存法への対応は、法的要件を満たす必要があるため、専門家の助言が不可欠です。どのような保存方法が認められるのか、どのシステムを使えば要件を満たせるのかといった判断は、税務の知識が必要です。
既存システムからの移行時には、過去データの引継ぎや開始残高の設定など、会計の専門知識が求められる作業が発生します。税理士のサポートにより、移行時のトラブルを防げます。
導入後の運用体制の構築も重要です。誰がどの作業を担当するのか、チェック体制はどうするのか、月次決算のスケジュールはどうなるのかといった業務フローの設計に、税理士の経験が活きます。
補助金や税制優遇の活用を検討する際も、税理士に相談すべきです。IT導入補助金やものづくり補助金など、経理DXに活用できる補助金制度があります。また、中小企業経営強化税制などの税制優遇措置の適用可能性も検討できます。
JNEXTグループでは、経理DXの構想段階から運用定着まで、一貫したサポートを提供しています。システム選定のアドバイス、導入プロジェクトの伴走支援、従業員研修、運用後の継続的な改善提案など、企業の成長段階に応じたサービスを展開しています。
まとめ
経理DXは、デジタル技術を活用して経理業務を変革し、効率化と正確性を同時に実現する取り組みです。クラウド会計システムの導入、電子帳簿保存法への対応、請求書・経費精算の電子化、AIとRPAによる自動化などが具体的な施策となります。
経理DXのメリットは、業務時間の大幅削減、ヒューマンエラーの防止、リアルタイムな経営数字の把握、テレワーク対応など多岐にわたります。一方で、システム選定、コスト管理、従業員の抵抗、データ移行といった注意点もあります。
経理DXは単なるシステム導入ではなく、業務プロセス全体の変革です。成功させるには、自社の課題を正確に把握し、適切なシステムを選定し、従業員を巻き込んで推進する必要があります。
税理士は、会計とITの両面から企業の経理DXをサポートできる存在です。システム選定から運用定着まで、専門家の支援を受けることで、投資対効果の高い経理DXを実現できます。
JNEXTグループは、企業の経理DXを総合的に支援するパートナーとして、経営者の皆様と共に業務変革に取り組んでいます。経理のデジタル化や業務効率化に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください。


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