
荻野岳雄
税理士法人JNEXT 代表社員
税理士/国税局OB。税理士法人JNEXT代表として中小企業の税務・経営支援に従事。DXを軸にした経営改善や税務戦略を得意とし、実務に基づく発信をYouTubeなどでも行っている。
経理の生産性向上に取り組む企業の多くが、最初に会計ソフトの入れ替えやシステム導入を検討します。
しかし、ツール選びから始めると失敗しやすいのが実情です。
結論からいえば、経理の生産性向上は業務の見える化と仕組み化から始めるべきです。
どこで手間がかかっているか、誰に作業が集中しているか、何が紙やExcelのまま残っているか。
これらを整理しないままシステムを導入しても、作業の置き換えにとどまります。
この記事では、失敗しない進め方として、次の3つの疑問に順番に答えます。
- 何から始めるべきか
- 請求書・経費精算・月次決算をどう効率化するか
- 自社だけで進めて失敗しないか
経理DX・会計フロー見直し・バックオフィス改善の実務ポイントを、具体策とあわせて整理します。
なぜ今、経理の生産性向上が経営課題になるのか
中小企業では採用だけで人手不足を解消することが難しくなっており、限られた人数で生産性を高めることが重要な経営課題になっています。
特に経理は、売上に直結しないように見えながら、資金繰り・利益管理・税務対応・経営判断の基礎データを支える部門です。
ここが遅れると、経営者が数字を把握するタイミングも遅れます。
経理の現場では、次のような問題が積み重なり、月次決算が遅くなるケースが少なくありません。
- 請求書の回収待ち・経費申請の遅れ
- 銀行明細の手入力・二重管理
- 属人化した仕訳判断
結果として、利益の着地や資金繰りの変化に気づくのが遅れ、打ち手も後手に回ります。
経理の生産性向上とは、単に残業を減らすだけでなく、経営判断を早めるための情報基盤を整える取り組みです。
この視点を持つことが、改善の第一歩になります。
経理の生産性向上で見直すべき3つの領域
経理の非効率は、特定の作業だけに原因があるわけではありません。
大きく3つの領域に分けて整理すると、どこに問題があるかが見えてきます。
請求書、領収書、通帳明細、カード明細、経費申請がばらばらの方法で届いていると、経理担当者は集めるだけで時間を取られます。
紙の回覧、Excel転記、メールでの差し戻しが残っていると、入力ミスと待ち時間が増えます。
月末月初に作業が集中し、締日や提出期限が曖昧だと、月次決算はどうしても遅れます。
この3つは別々に見えて、実際にはつながっています。
たとえば、証憑の回収が遅れれば、入力も遅れ、締めも遅れます。
だからこそ、経理の業務効率化は一部の作業改善だけでは足りません。
データがどこから入り、誰が確認し、どこで会計に反映されるかという全体フローで考える必要があります。
初心者がつまずきやすいポイント|システム導入だけでは改善しない理由
経理改善を始めようとする初心者が陥りやすい落とし穴が2つあります。
事前に把握しておくことで、失敗を防げます。
つまずきポイント①:ツールを入れれば自動で速くなると思い込む
初心者が最もつまずきやすいのは、「クラウド会計を入れれば自動で速くなる」と考えてしまうことです。
実際には、紙の請求書をPDFにしただけ、Excelの集計を別システムに移しただけでは、元の業務フローが複雑なまま残ります。
入力場所が変わっただけで、確認・差し戻し・例外処理は減りません。
つまずきポイント②:経理だけを切り離して改善しようとする
もうひとつの落とし穴は、経理だけを切り離して改善しようとすることです。
経費精算は現場、勤怠は人事、支払承認は管理職、売上計上は営業と関係しています。
経理の生産性向上は経理部門だけのテーマではなく、全社のバックオフィス設計の問題です。
部分最適ではなく、会計・人事・労務のデータが流れる仕組みを前提に考えることが重要です。
経理の生産性向上を実現する具体策と会計フローの見直し例
見える化と課題整理ができたら、次は具体的な改善に着手します。
まず業務フローの整理方法を解説したうえで、請求書・経費精算・月次決算・労務連携の順に実務で使える具体策をまとめます。
紙・Excel中心の経理業務を減らす基本的な進め方
まず現状把握から始めます。以下の流れで整理すると、改善すべき箇所が見えてきます。
ステップ① 業務フローを1枚の図にする
請求書はどこから届くのか、誰が開封し、誰が承認し、どこで会計入力しているのかを可視化します。
ステップ② 作業を仕分けする
紙、Excel、メール添付、手入力といった作業を洗い出し、「なくせるもの」「残すべきもの」に分けます。
ここで重要なのは、いきなりすべてを変えないことです。
ステップ③ 定型業務から着手する
まずは次のような、定型的で量の多い業務から変えるのが効果的です。
- 請求書受領
- 経費精算
- 銀行・カード
紙の原本保管や手入力が多い企業ほど、改善余地は大きくなります。
なお、電子取引で受け取った請求書等のデータ保存は電子帳簿保存法の対象です。
便利さだけでなく、法対応の観点でも整理が必要な点を押さえておきましょう。
請求書・経費精算・支払処理の効率化で生産性を上げる方法
請求書・経費精算・支払処理は、それぞれ個別に改善するより、一連の流れとして設計することが重要です。
請求書処理
請求書を紙・PDF・メール添付でばらばらに受け取っている企業では、まず受領窓口の一本化が効果的です。
データ化から承認・会計連携までを一つの流れにするだけで、転記と確認の回数が大きく減ります。
経費精算
従業員が紙の領収書を提出し、経理が内容確認して入力する流れでは、月末月初に処理が集中します。
次の3つをつなげることで、申請の遅れや入力待ちを大幅に削減できます。
- スマートフォンでの申請
- 承認フローの整備
- 会計システムとの連携
支払処理
支払依頼書・請求書・承認状況・振込データ作成が分断されていると、処理件数が増えるほどボトルネックになります。
受領→承認→支払→仕訳の一連の流れを切り分けずに設計することが重要です。
月次決算を早めるための会計フロー見直しの要点
月次決算の早期化で大切なのは、月初に山積みになる作業を前倒しすることです。
まず取り組むべき見直しと、属人化を防ぐ仕組みづくりの2点を解説します。
月初の作業を前倒しするための見直し
次の項目を会社全体で整備するだけで、月初に「集まらないから始められない」状態を大幅に減らせます。
- 経費申請の締日を月末より前に設定する
- 売上計上ルールを明文化する
- 未着請求書の確認方法を決める
- 銀行・カードのAPI連携で明細取込を自動化する
仕訳ルールと例外処理を文書化する
経理担当者の頭の中にしかないルールは、担当者が不在になるだけで業務が止まります。
月次決算を早める会社は、例外をゼロにしているのではなく、例外が起きても誰でも同じ判断に近づけられる仕組みを持っているのが特徴です。
判断基準や例外処理を文書化しておくことは、生産性向上であると同時に内部統制の強化にもつながります。
バックオフィス改善として進める労務・会計データ連携の考え方
経理の改善をさらに進めるには、労務や請求書管理との連携が欠かせません。
データをつなげることで、二重入力や締め後の修正を大幅に減らせます。
労務・会計データを連携させる
以下のデータがつながると、月末月初の作業負荷が平準化されます。
- 勤怠データ → 給与計算
- 給与計算 → 給与明細発行・振込データ作成
- 振込データ → 会計計上
勤怠管理・給与計算・会計仕訳・経費精算と人事情報が一本につながることで、各部門での二重入力がなくなります。
請求書の電子化に関するよくある誤解
デジタルインボイスやJP PINTは有力な選択肢ですが、現時点で電子インボイスの提供・受領は義務ではありません。
ただし、次の点は押さえておく必要があります。
- 電子で授受した取引情報は法令の要件を満たして保存する必要がある
- 導入の判断は自社の取引量・取引先の対応状況・保存要件を踏まえて行う
「便利そうだから」という理由だけで導入するのは避け、自社の状況に合わせて慎重に判断しましょう。
中小企業の経理 生産性向上につながる改善事例
経理専任者を増やさずに改善したいという中小企業は少なくありません。
ポイントを絞って取り組むことで、大きな変化が生まれます。
まず効果が出やすいのは、次の3点です。
- 入力を減らす
- 確認を減らす
- 待ち時間を減らす
たとえば、紙・Excel・メール添付が混在していた会社が、以下を整備しただけでも月次決算の着手時期が早まり、経営会議に間に合う数字を出しやすくなります。
- 請求書受領と経費精算のルールを統一
- 銀行連携と承認フローを整備
経理だけを局所的に効率化するより、会計・人事・労務・業務フローを一体で見直した方が効果が出やすいのはそのためです。
経理の生産性向上を進める際の注意点と専門家に相談すべきケース
改善を進める際には、事前に押さえておくべき注意点があります。
自社対応が難しいと感じたタイミングで専門家に相談することが、結果として最短距離です。
経理DXを進める前に確認したい要件と注意点
経理DXを進める前には、少なくとも次の3つを確認しておく必要があります。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| マスタ設計 | 取引先名・部門・勘定科目・承認者がバラバラだと連携が崩れる |
| 保存要件・証憑管理 | 電子帳簿保存法の対象データは後から修正するほど負担が大きくなる |
| 例外処理の設計 | 返品・前払・立替・未払計上などで止まる会社は少なくない |
これらを事前に整理しておくことで、導入後のトラブルや手戻りを防ぎやすくなります。
属人化・運用定着・法対応で失敗しやすいケース
失敗しやすいケースには共通点があります。
- 担当者しか操作できない(属人化)
- 社内ルールが曖昧
- 導入後の教育がない
- 法対応を後回しにする
特に属人化は見えにくく、普段は回っているように見えても、担当者の退職や休職で一気に表面化するもの。
「システムは入ったが結局Excelに戻る」という例も珍しくありません。
また、勤怠締め・給与締め・会計締めのタイミングがずれると、数字の整合が取りにくくなります。
経理だけの改善に見えて、実際には複数部門のルール調整が必要になる点を見落とさないことが大切です。
自社対応が難しい場合に専門家へ相談すべきケース
次のいずれかに当てはまる場合、自社だけでの対応は難しくなりやすいです。
- 月次決算が慢性的に遅い
- 請求書や経費の処理方法が部署ごとに違う
- 誰が何をしているか見えない
- 電子帳簿保存法やインボイス対応に不安がある
- 労務・給与との連携も必要だと感じている
こうした局面では、単なるツール比較より先に業務整理と全体設計が必要です。
会計フロー見直しと同時に労務改善・給与連携・支払管理の見直しまで絡む場合は、税務・会計・労務・ITを横断して見られる専門家への相談が近道です。
経理の生産性向上を専門家と進めるメリット
専門家と進める最大のメリットは、「何を導入するか」ではなく「どういう順番で、どこまで変えるか」を整理できる点です。
具体的には次のような効果が期待できます。
- 現場の実態に合わない高機能システムを避けられる
- 法対応や例外処理も含めて設計できる
- 社内では気づきにくいボトルネックや部門間のデータ断絶を発見できる
まとめ|経理の生産性向上は見える化と仕組み化から
経理の生産性向上は、思いついた作業を一つずつ改善するだけでは限界があります。
まずは現状の業務を見える化し、ムダ・待ち・属人化がどこにあるかを整理することが出発点です。
そのうえで、請求書・経費精算・支払・月次決算・労務連携の順に仕組み化を進めることが、最も失敗しにくい進め方です。
自社だけで判断しにくいと感じた段階で、早めに専門家へ相談することが結果として最短距離になります。
JNEXTグループでは、税理士・社会保険労務士・ITコンサルタントが連携し、経理・人事・労務を切り離さずにバックオフィス全体のDXを支援しています。
「何から始めればいいかわからない」という段階からでも、ぜひお気軽にご相談ください。

