
平沢邦雄
JNEXT社会保険労務士法人 代表社員
企業の労務管理、社会保険手続き、人事制度設計などを中心に、数多くの法人・個人事業主を支援。実務に即したわかりやすい解説を得意とし、最新の法改正を踏まえた正確な情報提供を行っている。
社員の給与を決める際、「この金額にした理由をうまく説明できない」と感じたことはありませんか。
賃金テーブル作成は、給与額の一覧表を作る作業ではなく、評価基準と支給ルールを先に整える経営課題です。
金額だけを並べても、従業員に説明しにくく、昇給判断もぶれやすくなります。
賃金テーブルについて調べる経営者の疑問は、大きく次の3つに分けられます。
- 「自社でも賃金テーブルを作れるのか知りたい」
- 「どの順番で設計すれば失敗しにくいか知りたい」
- 「法令や既存社員への影響が不安で、相談の目安を知りたい」
本記事で解説するのは、作成前に整理したい要件から、4つの設計ステップ、法令面の注意点までの流れです。
ぜひ参考にしてください。
賃金テーブルとは?作成前に押さえたい基本
賃金テーブルとは、等級や役割ごとの給与水準や昇給基準を整理した一覧表のことです。
給与額を決めるだけでなく、評価制度や昇給ルールと連動させることで、公平性や説明のしやすさを高める役割があります。
賃金テーブルを作成する際に最初に考えるべきなのは、「いくら支払うか」ではありません。
「誰に、どの基準で、どのように昇給していくのか」を明確にすることです。
等級や役割、評価、昇給ルールが連動して初めて、賃金テーブルは制度として機能します。
なぜ今、賃金テーブルが経営課題になっているのか
賃金テーブルが経営課題になっている背景には、人手不足、賃上げ圧力、評価の納得感不足が同時に進む事情があります。
中小企業では、次のような給与の決め方が課題のもとになりがちです。
- 採用時の個別交渉や過去の経緯で給与が決まる
→同じような仕事でも、給与差の理由が説明しづらい - 昇給のルールが曖昧なまま改定を重ねる
→毎年の給与改定が場当たり的になり、昇給か据え置きかが社長の判断だけで決まる
同じ事務職でも、担当業務の範囲や責任の重さは人によってさまざまです。
役割が近いのに給与の決まり方を説明できない状態は、不満の火種になりかねません。
こうした運用では、評価制度があっても従業員の納得感は高まらないでしょう。
賃金テーブルは、属人的な決め方から脱し、説明できる仕組みに近づけるための土台です。
賃金テーブル作成で整理したい3つの要件
賃金テーブルを作成する前に整理したい要件は、等級・評価・昇給ルールの3つです。
これらを先に整理しておくと、給与額の根拠が明確になり、制度設計も進めやすくなります。
どれも「なぜこの金額なのか」を説明するために欠かせない要素です。
等級
等級とは、仕事の難しさや責任の大きさに応じて、社員を段階分けする仕組みです。
役職の有無とは必ずしも一致しません。
等級制度がないまま賃金表だけ作ると、「なぜこの人がこの給与水準なのか」を説明できなくなります。
評価
評価では、成果を見るのか、行動を見るのか、役割の達成度を見るのかを決めます。
評価基準が曖昧なまま昇給幅を決めると、「結局、誰が決めているのか」という不満のもとになります。
昇給ルール
昇給ルールでは、年1回上げるのか、評価結果で差をつけるのか、何号俸進むのかを決めます。
たとえば「標準評価なら1号俸、上位評価なら2号俸、下位評価なら据え置き」のように、差のつけ方まで設計しておく形です。
等級・評価・昇給ルールは、それぞれ独立した仕組みではなく、互いに連動して機能します。
等級が仕事のレベルを分け、評価が昇給の根拠となり、昇給ルールが金額に反映する流れです。
3つの要件が整理できたら、いよいよ賃金テーブルの作成に進みましょう。
賃金テーブル作成の進め方【4ステップ】
等級・評価・昇給ルールの要件がそろったら、次の順番で作成を進めます。
いきなり表を作り始めず、現状の把握から着手するのがポイントです。
現行給与を基本給・手当・賞与に分けて一覧化し、給与差の要因を確認する
役割や責任の重さに応じて、一般担当から管理職まで4〜6段階程度に整理する
各等級に賃金の下限と上限(=レンジ)を設定し、昇給の刻みは会社規模や人件費の余力に合わせる
昇給時期、評価結果の反映方法、就業規則・賃金規程との整合、従業員への説明方法まで決める
基本の流れは以上です。
ここからは、STEP3とSTEP4でつまずきやすい部分を掘り下げます。
職種別に賃金レンジを分ける考え方(STEP3の応用)
STEP3のレンジ設定では、職種による成果の出方の違いが悩みどころです。
営業職、事務職、専門職が混在する会社では、1つの賃金テーブルで全員を管理すると無理が出ます。
この場合は、共通の等級制度を保ちながら、職種別にレンジや評価項目の比重を変える方法が有効です。
職種ごとの評価の考え方は、次のように整理できます。
| 職種 | 評価で見るべき点 | 比重を置く項目の例 |
|---|---|---|
| 営業職 | 成果 | 成果評価の比重を高める |
| 事務職 | 正確さや安定した運用 | 業務品質や改善提案 |
| 専門職 | 資格や専門知識 | 専門性や後進育成 |
職種別に比重を変えることで、同じ会社の中でも納得感を高めやすくなります。
昇給ルールは従業員に説明できる状態まで落とし込む(STEP4の応用)
STEP4の運用設計で欠かせないのが、昇給ルールの言語化です。
昇給幅を決めるときの視点は、「毎年いくら上げるか」ではなく「評価でどの程度差をつけるか」。
実際の差の幅は、人件費総額や会社の成長段階に合わせて調整します。
「がんばった人を上げる」ではなく、「何を達成したらどの等級に近づき、どう昇給するか」を言葉にしましょう。
この言語化がないと、賃金テーブルがあっても形だけの制度になりかねません。
賃金テーブル作成でよくある失敗例
作成の手順とあわせて、失敗しやすいパターンも知っておくと安心です。
多くの失敗は、要件の整理を飛ばして金額から決めることで起こります。
| よくある失敗例 | 何が起きるか |
|---|---|
| 相場だけで金額を決める | 既存社員との逆転・不公平感 |
| 等級制度なしで賃金表だけ作る | レンジの根拠を説明できない |
| 評価と昇給がつながっていない | 良い評価でも処遇が変わらず不満に |
| 最初から細かく作りすぎる | 評価者が判断できず運用が止まる |
とくに多いのが、相場だけを頼りに決めてしまうケースです。
市場相場は大事な参考情報ですが、自社の役割や評価基準、既存社員とのバランスまでは決めてくれません。
外部相場を見て初任給を上げた結果、入社5年目の社員との差がほぼなくなり、社内の不満につながる例もあります。
相場は参考にとどめ、自社の制度設計と組み合わせて判断する姿勢が欠かせません。
賃金テーブルは作成後の運用まで見据えて設計する
賃金テーブルは、表が完成した時点がゴールではありません。
人件費とのバランスが取れているか、現場で無理なく回せるかまで確認して、初めて制度として機能します。
作成とあわせて、次の2点を押さえておきましょう。
人件費シミュレーションで昇給原資を確認する
賃金テーブルは人事制度の話に見えますが、実際には会計フローとも深く関係します。
昇給ルールが定まると来期の人件費を予測しやすくなり、賞与原資や採用計画にも反映できます。
逆に、人件費の増加見込みを把握しないまま制度だけ作っても、運用は続きません。
だからこそ、人件費総額のシミュレーションを行い、どの程度の昇給原資なら続けられるかを確認しておきましょう。
評価制度、人件費計画、給与計算、会計処理がつながって初めて、制度として安定します。
運用開始前のチェック項目:給与計算ソフト・規程・説明方法
賃金テーブルを作成した後は、制度をスムーズに運用するための準備も欠かせません。
運用を始める前に、次の点を確認しておきましょう。
| 確認項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 給与計算ソフト | 新しい賃金テーブルや昇給ルールを反映できるか |
| 賃金規程・就業規則 | 制度内容と規程に食い違いがないか |
| 給与項目 | 基本給と各種手当の区分、昇給時期が整理されているか |
| 従業員への説明 | 昇給基準や評価結果を分かりやすく説明できるか |
| 運用体制 | 評価者や給与計算担当者が迷わず運用できるか |
制度が複雑すぎると、評価者や給与計算の担当者が運用に迷う原因になります。
現場で無理なく運用できる内容になっているかも、事前に見直しましょう。
賃金テーブル作成の注意点:法令と既存社員への配慮
賃金テーブル作成では、法令と既存社員への影響という2つの視点からの確認が欠かせません。
設計がどれだけ整っていても、ここを見落とすと運用開始後に見直しが必要になるおそれがあります。
注意点は次の3つです。
| 注意点 | 確認する内容 |
|---|---|
| 最低賃金 | 地域ごとの最低賃金と改定時期。初任給や短時間勤務者の時間単価が下回っていないか |
| 雇用形態による待遇差 | 正社員・パート・有期契約社員の待遇差が、役割や責任、配置変更の範囲と整合しているか |
| 既存社員とのバランス | 新規採用者の条件引き上げで、既存社員との逆転や不公平感が生まれないか |
とくに既存社員とのバランスは見落としがちです。
制度変更の影響は、新しく入る人だけでなく今いる社員にも及びます。
必要に応じて経過措置を設けたり、数年かけて調整したりする視点を持ちましょう。
賃金テーブル作成を専門家へ相談する目安
法令や既存社員への配慮は、自社でも確認を進められます。
一方で、給与の決まり方そのものに課題がある場合は、社内だけでの整理が難しくなります。
次のような状態に心当たりがあれば、専門家へ相談する目安です。
- 社長や一部管理職の感覚で給与が決まってきた
- 評価項目はあるが、運用されていない
- 例外的な給与決定が多く、制度化しにくい
- 部門ごとに求める役割が違うのに、評価基準が統一されていない
こうした会社では、賃金テーブルだけ作っても実際の運用が制度から外れやすくなります。
現状のばらつきを把握し、どこを共通化してどこを例外として残すか、制度を作る前の整理から支援を受けると進めやすくなるでしょう。
まとめ:賃金テーブル作成は評価基準とルールの設計から始めましょう
賃金テーブル作成の本質は、等級・評価・昇給ルールを先に整えることにあります。
最後に、この記事のポイントを振り返りましょう。
- 作成前に等級・評価・昇給ルールの3つの要件を整理する
- 現状把握→等級設計→レンジ設定→運用設計の4ステップで進める
- 相場だけで金額を決めず、自社の制度設計と組み合わせて判断する
- 最低賃金や待遇差など法令面と、既存社員とのバランスに配慮する
- 人件費シミュレーションと運用準備まで含めて設計する
この流れで進めれば、従業員に説明できる給与の仕組みに近づけます。
賃上げ対応のためだけでなく、人材定着や納得感のある評価、人件費管理の見える化にもつながるでしょう。
一方で、給与表を作ること自体より、制度設計と運用定着のほうが難しいテーマでもあります。
前章のような相談の目安に当てはまる場合は、早めに専門家の力を借りるほうが確実です。
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