経理は誰でもできる?渡せる作業と会社に残る義務の線引き

経理で渡せる作業と会社に残す判断・義務を分け、担当者の属人化を防ぐ方法
この記事の監修者

荻野岳雄
税理士法人JNEXT 代表社員

税理士/国税局OB。税理士法人JNEXT代表として中小企業の税務・経営支援に従事。DXを軸にした経営改善や税務戦略を得意とし、実務に基づく発信をYouTubeなどでも行っている。

「経理は誰にでもできる仕事ではない」。
経験者の口からは、そう語られることが多くあります。
実際、担当者が1人で経理を抱えている会社は多いものです。
その人が休めば支払いが止まり、辞めれば帳簿の付け方が誰にも分からなくなります。

ただ、渡せない部分はそれほど多くないというのが実情です。
経理の1つの工程には、手順どおり進む作業と、会社が決めるほかない判断が混ざっています。
両方をまとめて扱うことが、渡せる部分まで止めてしまう原因です。

この記事では、経理の工程を渡せる作業と残す判断へ仕分ける方法をご紹介します。
あわせて整理したのは、担当者が誰に代わっても会社から外れない義務です。

目次

「経理は誰でもできる」と言えるのは、作業と判断を分けたとき

経理が誰にでもできるかどうかは、仕事をどの単位で見るかで答えが変わります。
工程をひとかたまりで見ると難しくても、中身を分ければ渡せる範囲が見えてくるはずです。
まずは分け方から確認しましょう。

経理の1つの工程には「作業」「判断」「責任」が混ざっている

経費精算を例にとると、1つの工程に性質の違う3つが同居しています。
領収書の受け取り、内容の確認、期限までの処理。
渡せるかどうかは、このうちどれを指しているかで変わります。

【経理の工程に混ざっている3つ】

  • 作業
    手順どおりに手を動かす部分。領収書の受け取り、金額の入力、書類の保管など
  • 判断
    どう処理するかを決める部分。勘定科目の選択、差戻しの可否、例外への対応など
  • 責任
    期限までに終わらせ、記録を残し、税務署や取引先へ説明する部分

経理を誰でもできる形にするとは、作業を切り出し、判断の基準を先に決め、責任の持ち主をはっきりさせる取り組みです。
3つをまとめて渡そうとすると、引き受けられる人がいなくなります。

自社の経理を自社の社員が行うのに、資格の制限はない

簿記の資格がないと経理はできないのでは、と考える方もいらっしゃるでしょう。
しかし法律は、そうした制限を置いていません。
自社の帳簿づけ、請求書の発行、決算書の作成を自社の社員が行うのに、資格の要件はないのです。

税理士法が制限しているのは、他人の求めに応じて業として行う税務の代理・税務書類の作成・税務相談です。
自社の申告を自社で行うことは、この制限に当たりません。
報酬の有無も問われないため、社外の方へ無償で頼む場合はむしろ注意が必要です。

つまり、社内で経理を誰に渡すかを決める場面で、資格が壁になることはほとんどありません。
社外へ税務代理・税務書類の作成・税務相談まで依頼する場合は、税理士法上の制限に注意が必要です。

社内で渡す相手を選ぶ基準は、資格ではなく、判断の基準がその人へ渡っているかどうかになります。

渡せない理由の多くは、決めごとが担当者の頭の中にあること

「この取引はいつも交際費で処理している」「この取引先だけ請求書が月末に届く」。
こうした決めごとが文書ではなく記憶に置かれていると、手順書を渡しても作業は進みません。
渡っていないのは経験ではなく、書かれていない決めごとのほうです。

【渡したつもりでも止まる典型】

  • 勘定科目の使い分けが担当者の慣習で決まっている
  • 例外的な取引先の扱いが口頭だけで引き継がれてきた
  • 経費精算の差戻し基準が担当者の感覚に任されている
  • 締め日の前に何を確認するのかが決まっていない

これらは、資格や経験の不足とは別の問題です。
決めごとを書き出す作業そのものは、経理の知識がなくても着手できます。
書き出したものを手順書へまとめる方法は中小企業の業務マニュアル作成で扱っています。
属人化の原因と改善の全体像は経理が属人化する原因と会社が取るべき改善策をご覧ください。

経理の工程を「渡せる作業」「条件つき」「会社に残す判断」に仕分ける

経理を渡す前に、工程を3つの区分へ仕分けます。
区分ごとに、渡す前に決めておくことが変わるためです。
見分け方は次の3つになります。

区分見分け方
渡せる作業答えが1つに決まる
条件つきの作業決めごとを作れば決まる
会社に残す判断期限と義務がついてくる

渡せる作業は、答えが1つに決まるもの

領収書や請求書の保管、データの入力は、決められた場所へ決められた形で置く作業です。
判断が入る余地は小さく、正しくできたかどうかも後から確かめられます。
経理の経験がない社員へ最初に渡す部分が、ここになります。

【そのまま渡せる作業と、先に決めるルール】

  • 領収書・請求書の受け取りと保管
    保存先とファイル名の付け方を決める
  • 支払データの作成
    作成する人と承認する人を別にする

渡すときに用意したいのは、手順書よりも先に置き場所のルールです。
保存先とファイル名が決まっていないと、作業はできても、あとで探せなくなります。
書類を電子で保存する方法は経理のペーパーレス化を進める方法もあわせてご覧ください。

条件つきの作業は、決めごとを文書にすれば渡せる

仕訳の入力、経費精算の受付、請求書のやりとり、現金の出納。
この4つには判断が混ざります。
ただし判断の多くは、過去に同じ答えを出しているものです。

【条件つきの作業と、先に決める基準】

  • 経費精算の受付・一次確認
    差戻しの基準と、迷ったときの相談先
  • 請求書の発行・送付
    金額と条件を決める人、送付前の確認者
  • 請求書の受け取り・内容確認
    インボイスの登録番号と支払期日の確認手順
  • 仕訳の入力
    勘定科目の対応表と、新しい取引の相談先
  • 現金の出納
    記帳する人と分ける/残高を確かめる頻度

よく出る取引を勘定科目の対応表にしておけば、判断は作業へ変わります。
締め日を過ぎた請求書や、月をまたぐ立替の扱いも先に決めておくと迷いが減る部分です。
対応表にない取引が出たときだけ、経験のある人が判断すれば足ります。
決めごとを文書へ落とす手順は経理の標準化の進め方で詳しく説明しています。

会社に残す判断には、期限と義務がついてくる

振込の最終承認や納付期限の管理、申告内容の確認。
これらは、間違えたときに会社が外へ説明する立場になる工程です。
作業自体は簡単でも、決めた人と実行した人がはっきりしていなければ、後から追えません。

【会社に残す判断と、先に決める体制】

  • 振込の最終承認
    承認できる人の範囲と金額の上限
  • 納付期限と完了状況の管理
    期限の一覧と、担当者が不在のときの代わり
  • 月次の締めと試算表の確認
    締め日と、数字を確認する人
  • 申告内容の最終確認と納税
    社内で作る範囲と、税理士に頼む範囲

会社に残すとは、社長や管理職が手を動かすという意味ではありません。
振込データの作成は、社内の別の人にも外部にも任せられる作業です。
申告書の作成や税務代理は、税理士へ依頼できます。
それでも、最終承認と期限の管理、納税の義務は会社に残ります。

求められるのは、誰が決めたのかを記録へ残し、その人が不在でも代わりが立つ状態にしておく設計です。
社内で持ちきれない工程を外へ出す選択肢は経理代行を依頼する前の確認事項にまとめました。

経理を誰でもできる形にしても、会社から外れない4つの義務

担当者を増やしても、経理に関する義務を負うのは会社のままです。
誰が手を動かしたかに関係なく、次の4つは会社に残ります。
渡す範囲を決める前に確認しておきたい部分です。

会計帳簿は「適時に、正確に」作るところまでが会社の義務

株式会社は、適時に、正確な会計帳簿を作らなければならないと会社法で決まっています。
「適時に」の中身に法律の定義はなく、取引の量や会社の体制によって変わる部分です。
ただ、決算前に1年分をまとめて処理する運用では、記録の漏れや誤りが後から見つかりにくくなります。

担当者が1人だけの会社では、その人が休んだ期間の記録が丸ごと後ろへずれます。
経理を誰でもできる形にする目的の1つが、担当者の不在中も記録が止まらない状態づくりです。

帳簿と書類の保存期間は、担当者の在任期間より長い

保存の年数は、根拠となる法律ごとに違います。
会計帳簿とその事業に関する重要な資料は、帳簿を閉じたときから10年間の保存が会社法で求められます。
法人税法では、帳簿と取引に関する書類が原則7年間です。

ただし、青色申告書を出した事業年度に欠損金が生じた場合などは、その事業年度の帳簿書類が10年間になります。
この事業年度だけは、7年で処分すると足りません。
なお、ここでの欠損金は法人税の計算上のもので、決算書の赤字と一致するとは限らない点にご注意ください。

【保存を渡す前に決める3点】

  • 保存先
    個人のパソコンやメールの受信箱に置いたままにしない
  • 開ける人
    担当者が退職した後も取り出せる状態にしておく
  • 数え始める日
    法人税法の7年は、その事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から数える

担当者が3年で交代しても、会社法の対象となる会計帳簿と重要な資料は10年間残ります。
保存先が個人に紐づいていると、交代のたびに所在が分からなくなるおそれがあります。
税務調査の場面では、提出までに時間がかかる要因にもなるでしょう。

源泉所得税の納付期限は、担当者が休んでも動かない

給与から預かった所得税と復興特別所得税は、支払った月の翌月10日までに国へ納めます。
給与の支払を受ける人が常時10人未満で税務署長の承認を受けた場合は、年2回にまとめられます。
納付の時期は7月10日と翌年1月20日です。

期限は担当者の予定と関係なくやってきます。
納付だけは、手順を知っている人を2人以上つくっておくと安全です。
ほかに動かせる人がいないままだと、社長が代わりに入る場面も出てきます。

電子取引のデータは、改ざんを防ぐ方法を決めてから人を増やす

メールやWebサイトでやりとりした請求書や領収書などは、受け取ったデータも送ったデータも電子帳簿保存法の対象です。
改ざんを防ぐため、次のいずれかの措置をとることになっています。

【電子取引のデータに求められる措置】

  • 時刻を証明するタイムスタンプが付いたデータをやりとりする、または受け取った後に付ける
  • 訂正や削除の記録が残るシステム、もしくは訂正・削除ができないシステムを使う
  • 正当な理由のない訂正・削除を防ぐ社内規程を作り、その規程どおりに運用する

共有フォルダで上書きできる状態でも、3つ目の社内規程を定めて運用していれば措置として認められます。
逆に、規程も履歴も置かないまま触れる人だけを増やすと、どれにも当てはまらない状態です。

保存に求められるのは、改ざんを防ぐ措置だけではありません。
原則として、画面や書面ですぐに確認できることや、日付・金額・取引先で検索できる状態も必要です。
一定規模以下の事業者などは、税務調査時のデータ提示・提出に応じられることを条件に、検索要件が不要になる場合があります。
会社の規模によって扱いが変わるため、全体像は電子帳簿保存法への対応でご確認ください。

電子取引データの保存には、猶予措置もあります
対象になるのは、所轄の税務署長が相当の理由を認めた場合です。
税務調査などで、データと印刷した書面の両方を求めに応じて提示・提出できる状態にしておく必要があります。
事前の申請は不要ですが、データそのものの保存は必要です。

経理を誰でもできる状態にするときの、権限とチェックの決め方

作業を渡していくと、経理のデータに触れる人は自然に増えるものです。
全員へ同じ権限を渡してしまうと、確認の仕組みが働かなくなります。
権限は、渡す作業とセットで決めておきましょう。

同じ人に持たせない3つの組み合わせ

次の3つは、1人に集まると誤りが表に出にくくなる組み合わせです。
中小企業にこの分け方を義務づける法令はありません。
ただ、人を増やす場面では設計しておきたい部分になります。

【1人に集めたくない組み合わせ】

  • 現金や預金を動かす人と、それを帳簿に記録する人
  • 支払を承認する人と、実際に振込を実行する人
  • 取引先の口座を登録する人と、その口座へ支払う人

1人に集まった状態で怖いのは、誤りが起きても記録の上では数字が合ってしまう点です。
担当者を増やす場面は、この組み合わせを分ける機会でもあります。

全員に同じ権限を渡すと、確認が形だけになる

会計ソフトの権限を全員へ管理者で渡した場合、誰でも確定済みの仕訳を直せる状態です。
入力する人と確認する人と確定する人を別の権限として設定すると、あとから誰の処理かを追えるようになります。

権限を分けるときに一緒に見ておきたいのが、休んだ人の代わりが立つかどうかです。
確定できる人が1人しかいなければ、権限を分けた結果として月次の締めが止まります。
ミスが続く場合の原因と対策は経理ミスが減らない理由をご覧ください。

担当者がいない日をつくって確かめる

決めごとが本当に渡ったかどうかは、想定では見えてこない部分です。
担当者が出社しない日を実際に1日つくると、止まる作業だけが浮かび上がります。
次の3段階で試してみましょう。

STEP
日を決める

締め日と繁忙期を外し、経理の担当者が出社しない日を1日決める。事前に社内へ知らせておく

STEP
その日に起きたことを記録する

止まった作業、担当者へ連絡した内容、判断できなかった項目を書き出す

STEP
止まった作業を次の課題にする

項目ごとに、文書化・権限追加・手順追加のどれが要るかを当てる

想定で洗い出すより、実際に止まった作業のほうが数は少なく、直す順番もはっきりします。
1日で足りなければ、次は締め日を含む日で試すと精度が上がるでしょう。

まとめ|経理を誰でもできる形にするには、渡す作業と残す判断を先に分ける

経理を誰でもできる状態にするとは、全部を誰にでも渡すことではありません。
作業の切り出し、判断の基準の文書化、会社に残す部分の見極め。
この3つで、担当者が代わっても止まらない経理へ近づきます。

【この記事の要点】

  • 資格は壁にならない
    自社の経理を自社の社員が行うのに、資格の制限はない
  • 仕分けが先
    工程を「渡せる」「条件つき」「会社に残す」の3つへ分ける
  • 義務は会社に残る
    帳簿の作成と保存、源泉所得税の納付、電子取引データの保存
  • 権限もセットで決める
    1人に集めない組み合わせを分け、あとから追える形にする

4つのうち、いちばん手をつけやすいのは仕分けです。
渡せる作業を1つ選び、決めごとを書き出すところから始められます。

JNEXTグループでは、税理士法人と社会保険労務士法人の両方で、経理と労務の体制づくりを支援しています
工程の仕分け、勘定科目の対応表づくり、会計システムの権限設計、記帳の代行。
社内に残す部分と外に出す部分を、一緒に決めていけます。

経理を任せられる人が今は1人しかいない、という段階でも構いません。
担当者の交代が近づいてから慌てる前に、まずはお気軽に無料相談をご利用ください。

本記事で述べた帳簿の作成と保存、源泉所得税の納付期限、電子取引データの保存方法は、次の一次情報が根拠です。

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この記事を書いた人

JNEXTグループ編集部は、税務・会計・労務・DXなどの複雑な情報を、初めての方にも分かりやすく届けることを目的に活動しています。税理士、社会保障監修のもと、正確で実務に役立つ内容を丁寧に解説し、読者の不安を少しでも減らせる記事づくりを心がけています。

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